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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17797号 判決

甲事件及び乙事件原告

山内玲二

甲事件原告

石村健二

甲事件原告

青木重光

右原告ら三名訴訟代理人弁護士

遠山秀典

甲事件被告

株式会社タビックスジャパン

右代表者代表取締役

内藤武人

乙事件被告

内藤武人

乙事件被告

樋口経雄

乙事件被告

豊田孝一

乙事件被告

樋口一郎

乙事件被告

茂木邦夫

乙事件被告

富田芳美

乙事件被告

山田康夫

乙事件被告

田邊國男

右被告ら九名訴訟代理人弁護士

井上展成

主文

一  被告株式会社タビックスジャパンは、原告石村健二に対し、金三七八万一一九五円及びこれに対する平成五年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社タビックスジャパンは、原告青木重光に対し、金四八万八七九六円及びこれに対する平成五年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告山内玲二の請求並びに原告石村健二及び原告青木重光のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告石村健二及び原告青木重光に生じた費用並びに被告株式会社タビックスジャパンに生じた費用の四分の一は被告株式会社タビックスジャパンの負担とし、原告山内玲二、被告内藤武人、被告樋口経雄、被告豊田孝一、被告樋口一郎、被告茂木邦夫、被告富田芳美、被告山田康夫及び被告田邊國男に生じた費用並びに被告株式会社タビックスジャパンに生じたその余の費用は原告山内玲二の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各自、原告山内玲二に対し、金一一八五万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社タビックスジャパンは、原告石村健二に対し、金三八一万六五四〇円及びこれに対する平成五年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告株式会社タビックスジャパンは、原告青木重光に対し、金五三万三一四八円及びこれに対する平成五年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告株式会社タビックスジャパン(以下「被告会社」という。)の取締役であった原告山内玲二(以下「原告山内」という。)が被告会社に対し、(1)取締役の委任契約が退職慰労金の支給を当然の前提とした有償契約であるとして、同契約に基づき、(2)被告会社との間の退職慰労金支払約束に基づき、(3)民法一二八条の条件付き権利の侵害としての不法行為による損害賠償請求権に基づき、又は、(4)商法二五七条一項ただし書の類推適用による損害賠償請求権に基づき、退職慰労金ないしそれと同額の損害金及びこれに対する弁済期経過後の遅延損害金の支払を求め、被告会社の取締役であるその余の被告ら(以下「被告内藤ら」という。)に対し、(1)商法二六六の三第一項による損害賠償請求権に基づき、又は、(2)民法一二八条の条件付き権利に対する侵害としての不法行為による損害賠償請求権に基づき、右同額の損害金及びこれに対する弁済期経過後の遅延損害金の各自支払を求め、被告会社の従業員であった原告石村健二(以下「原告石村」という。)及び原告青木重光(以下「原告青木」という。)が被告会社に対し、被告会社の賃金規定に基づき、退職金及びこれに対する弁済期経過後の遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  原告らと被告らとの間において争いのない事実等

1  原告山内は、昭和五三年九月三〇日から昭和六一年八月六日まで被告会社(旧商号株式会社全国観光公社)取締役に、同月七日から平成四年一〇月二八日まで被告会社常務取締役に、同月二九日から同年一一月三〇日辞任するまで被告会社取締役に就任していたものである(被告らにおいて明らかに争わない。)。

なお、被告会社では、原告山内に対する退職慰労金支給の議案を株主総会に上程したことはなく、その点に関する株主総会の決議も存しない。

2  原告石村は、昭和五〇年三月一〇日から平成四年一二月末日をもって自己都合により退職するまでの間、被告会社に雇用されていたものであり、退職時の基本給は、月額二三万三〇〇〇円であった。

3  原告青木は、昭和六二年四月一日から平成五年一月一五日をもって自己都合により退職するまでの間、被告会社に雇用されていたものであり、退職時の基本給は、月額二二万〇八〇〇円であった。

4  被告内藤らは、平成四年一一月における原告山内の取締役退任当時、被告会社の取締役であった(被告らにおいて明らかに争わない。)。

5  被告会社では、就業規則、賃金規定、役員規定及び役員の退職慰労金に関する内規を定めており、それらには別紙のとおりの条項(抜粋)がある(〈証拠・人証略〉)。

二  争点

1  原告山内関係

(一) 取締役、会社間の委任契約は、退職慰労金の支給を当然の前提とする有償契約であるかどうか。

(原告山内の主張)

取締役、会社間の委任契約は退職慰労金の支給を当然の前提とする有償契約であるから、原告山内は、株主総会の決議の有無にかかわらず、被告会社の役員の退職慰労金に関する内規に基づき、退職慰労金請求権を有するというべきである。

なお、右内規第三条(1)と後記(二)の約定によれば、原告山内の昭和六一年の取締役退任に伴う退職慰労金の額は、退職時の報酬月額五万円に在任期間八年の支給率である九・六を乗じた四八万円であり、平成四年の取締役退任に伴う退職慰労金は、退職時の報酬月額一三〇万円に原告山内の在任期間六年三か月の支給率である八・七五を乗じた一一三七万五〇〇〇円である。

(被告会社の主張)

取締役に対する退職慰労金は、株主総会の決議を経なければ支給することができないところ、被告会社では株主総会の決議をしていないので、原告山内の退職慰労金請求権は発生していない。

(二) 被告会社は、原告山内に対し、将来退職する場合には、常務取締役を退職した場合と同額の退職慰労金を支払う旨約束したかどうか。右約束は、原告山内の詐欺によるものかどうか。また、右約束は、錯誤により無効かどうか。

(原告山内の主張)

原告山内は、平成四年一〇月二七日、常務取締役を辞任して二度目の取締役に就任するに当たって、被告会社との間で、常務取締役を退任した場合と同額の退職慰労金を支払う旨約束した。この約束に関して詐欺・錯誤の事実はない。

(被告会社の主張)

被告会社は、平成四年一〇月二六日ころ、原告山内との間で、同原告が今後も被告会社の取締役として勤務を続けるとの前提で、常務取締役から取締役に降格した場合の報酬、退職金の計算方法について書面(〈証拠略〉)を作成した。しかし、原告山内は、当時、すでに今後の身の振り方を決めていたにもかかわらず、被告会社に取締役として残ると被告会社を誤信させて右書面を作成させたものである。したがって、仮に同日ころに被告会社と原告山内との間に何らかの取決めがなされたものとしても、それは、原告山内の詐欺によるものである。そこで、被告会社は、原告山内に対し、平成六年六月一四日到達の準備書面で、右取決めを取り消す旨の意思表示をした(この取消しの意思表示については争いがない。)。また、右取決めは、被告会社の錯誤により無効である。

(三) 被告らは、原告山内の退職慰労金について、民法一二八条の条件付き権利を侵害したものとして不法行為責任を負うか。

(原告山内の主張)

株主総会の決議は、退職慰労金支給の法定条件とみるべきところ、被告会社では、それまで被告会社の取締役を退任した者に対しては、役員の退職慰労金に関する内規に基づいて算定された退職慰労金が慣例的に支給されており、株主総会の決議は形式的なものであった。しかるに、被告らは、原告山内に対する退職慰労金支給の議案を敢えて株主総会に上程しなかったのであり、これは、民法一二八条の条件付き権利の侵害であって、不法行為が成立する。

(被告らの主張)

退職慰労金は、株主総会の決議により具体的権利関係が創設されるのであって、それ以前に条件付き権利が成立しているわけではない。

(四) 商法二五七条一項ただし書の類推適用により退職慰労金相当額の損害賠償請求権が発生するか。

(原告山内の主張)

商法二五七条一項ただし書は、解任された取締役に対して損害賠償請求権を認めており、その賠償すべき損害には退職慰労金も含まれると解されている。

(被告会社の主張)

商法二五七条一項ただし書は、正当な事由がなく任期満了前に解任によって任を解かれた場合の問題に関する規定であって、本件には当てはまらない。

(五) 被告内藤らにつき、商法二六六条の三第一項の責任があるかどうか。

(原告山内の主張)

過去に退職した取締役は、被告会社の役員の退職慰労金に関する内規により算定された退職慰労金についての議案が株主総会に上程決議され、退職慰労金の支給を受けていた。したがって、被告内藤らは、取締役として取締役会を招集し、原告山内の退職慰労金を決定し、株主総会に付議しなければならないにもかかわらず、原告山内の退職慰労金を決定、付議しなかった。よって、被告内藤らは、その職務執行につき悪意又は重大な過失があるから、商法二六六条の三第一項による責任を免れない。

(被告内藤らの主張)

取締役が退職する取締役に対して退職慰労金が支払われるように株主総会の承認決議を得る義務はない。

原告山内は、後記のとおり、被告会社の利益に反する行動をとり、部下にも同様の行動をとらせたので、被告会社の取締役会としては、原告山内への退職慰労金贈呈案を株主総会に上程するのは不適当であると判断している。

(六) 原告山内の請求が権利の濫用に該当するか。

(被告らの主張)

原告山内は、顧客リストであるコンピュータデータのうち直近二年分を被告会社に引き渡さないばかりでなく、競争会社である東京観光株式会社(以下「東京観光」という。)の役職となり、被告会社の山鹿支店等の商圏において、被告会社が消滅してしまったかのごとき内容を記載した文書や散らしを配付した。被告会社は、平成四年一〇月二八日の株主総会で、商号を「株式会社全国観光公社」から「株式会社タビックスジャパン」に変更する旨を決議し、平成五年一月一日、右決議に従って商号を変更したので、商号変更後の被告会社が変更前の会社と同一であることを顧客に十分認識してもらい、信頼の継続を図らなければならない状況にあった。しかるに、原告らは、右散らし等において、被告会社を退社した従業員らの顔写真をわざわざ並べた上、被告会社山鹿支店が使用してきた「りんどうツアー」のツアーブランド名を強調して、故意に被告会社の同一性について被告会社の顧客に誤解を与えようとした。また、被告会社は、原告山内個人に対し、「りんどうツアー」のブランド名の使用を許諾したが、原告山内は、それを超えて右のように東京観光に右ブランド名を使用させた。さらに、原告山内は、他の原告の後記行為についても共謀した。

したがって、仮に原告山内が被告らに対して退職慰労金ないしこれに相当する損害金請求権を有するとしても、これを行使することは権利の濫用である。

(原告山内の主張)

原告山内が被告会社にデータの引渡しを拒否したことはない。被告会社自らが山鹿支店の閉鎖を内容とするビラ撒きを先行させたのであるから、原告山内が被告会社主張の散らし等を配付しても実害はなく、また、被告会社が原告山内に対して山鹿での独立の営業を許諾した以上、原告山内の右行動は被告会社において当然に受忍すべきものである。原告山内に権利の濫用に該当する事実はない。

2  原告石村及び原告青木関係

(一) 原告石村及び原告青木の請求が権利の濫用に当たるか。

(被告会社の主張)

原告石村は、被告会社の従業員の立場にある平成四年一二月二八日ころ、被告会社の取引先に対し、被告会社の用紙を使用して退社及び原告山内らとともに開業する新会社の挨拶状を被告会社に無断で送付し、また、他の原告らがした前記及び後記行為についても共謀した。

原告青木は、被告会社の南九州(鹿児島)支店の従業員全員を引き抜いて競争会社である東京観光に入社させ、右支店の営業秘密である顧客名簿を持ち出し、利用して被告会社の顧客宛てに東京観光のダイレクトメールを送付したばかりでなく、他の原告らがした前記行為についても共謀した。

原告石村及び原告青木にはこれらの懲戒解雇に相当する事由(就業規則一〇六条六号、九号、二六号、二八号、一〇七条四号)があるにもかかわらず、同原告らが被告会社に退職金を請求することは権利の濫用に当たるというべきである。

(原告石村及び原告青木の主張)

原告石村が送付した文書は、単なる一般的な挨拶状であり、被告会社の決裁を要するものではなかった。原告石村は、当時在職中であったから被告会社の社内用便箋を使用したにすぎない。

退職後の従業員について転職の制限はなく、競争会社に入社するのも従業員の自由である。原告青木は、被告会社を退社した従業員全員のアドレス帳等を参考に名簿の作成に努力して名簿を完成させたものであって、被告会社の顧客名簿を持ち出したりしたことはない。

このように、原告石村及び原告青木には権利の濫用に該当するような事実はない。

(二) 退職金の金額はいくらか。

(原告石村及び原告青木の主張)

原告石村の退職時の基本給は二三万三〇〇〇円、勤続年数は一七年一〇か月であるから、賃金規定により、その退職金の額は三八一万六五四〇円となる。

原告青木の退職時の基本給は二二万〇八〇〇円、勤続年数は五年九か月であるから、賃金規定により、その退職金の額は五三万三一四八円となる。

(被告会社の主張)

(1) 原告石村関係

勤続年数については、一か月未満は切捨ての扱いであるから、一七年九か月となり、退職金の額は、次の計算式により三七六万三五三二円となる。

(計算式)

基本給233,000×勤務年数(17+9÷12)×支給率1.3×自己都合0.7

(2) 原告青木関係

退職金の額は、次の計算式により四八万八七九六円となる。

(計算式)

基本給220,800×勤続年数(5+9÷12)×支給率1.1×自己都合0.35

第三争点に対する判断

一  争点1(一)について

原告山内は、取締役、会社間の委任契約が退職慰労金の支給を当然の前提とする有償契約であるとして、委任契約に基づき退職慰労金を請求している。

そこで検討するに、取締役、会社間の委任契約は、特約がなければ、無償であると解されるが(商法二五四条三項、民法六四八条一項)、特別の事情がない限り、有償とする旨の明示又は黙示の特約が存在すると解するのが相当である。しかし、退職慰労金は、商法二六九条の報酬に当たるから、その請求権の発生には株主総会の決議を要するといわなければならないところ(なお、本件において、被告会社の定款にその額の定めがあるとの主張、立証はない。)、被告会社において右株主総会の決議を経ていないことは当事者間に争いがないのであるから、委任契約自体を根拠とする原告山内の退職慰労金請求は理由がない。

二  争点1(二)について

原告山内は、被告会社の支払約束を理由として退職慰労金を請求しているが、商法二六九条の株主総会の決議を要することは前記のとおりであって、この決議がない限り、右支払約束の存否にかかわらず、退職慰労金請求権は発生しないのであるから、右約束を理由とする退職慰労金の請求も理由がない。

三  争点1(三)について

原告山内は、退職慰労金支給についての株主総会の決議は法定条件であり、被告らは民法一二八条の条件付き権利の侵害による不法行為責任を負う旨を主張している。しかし、株主の利益保護のため、株主総会の決議が退職慰労金請求権の発生の要件とされていることにかんがみると、右決議がない以上、民法一二八条の適用ないし類推適用の余地はないというべきであって、条件付き権利の侵害による不法行為を理由として退職慰労金と同額の損害賠償を求める請求も理由がない。

四  争点1(四)について

原告山内は、商法二五七条一項ただし書を根拠に退職慰労金を請求しているが、同ただし書は、正当な理由がなく任期満了前に解任された取締役の利益を保護するための規定であるから、本件のように取締役を辞任した場合にこれを類推適用することは相当でないといわなければならない。

五  争点1(五)について

1  証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によると、被告会社は、平成四年一二月一七日、原告山内との間で、原告山内の取締役退任に伴い、以後原告山内が個人で被告会社山鹿支店の商圏において旅行業を開業するとの前提のもとに、(1)被告会社山鹿支店の営業資産(顧客リスト等)については被告会社の帰属とし、引渡しについては支障なく移行するように留意する、(2)被告会社は山鹿支店が使用してきたツアーブランド名「りんどうツアー」を原告山内が使用することを承諾するなどの取決めをなし、被告会社の山鹿支店は置かないことにしたこと、ところが、原告山内は、自らは開業せず、平成五年二月一七日、被告会社と競業関係にある東京観光に就職し、従来の被告会社山鹿支店の商圏において東京観光山鹿支店の責任者(名称は営業統括)として営業を開始したこと、そして、原告山内は、前記ブランド名を自らは使用せず、後記のとおり東京観光の宣伝用散らし等で使用し、それを前記商圏において配付したこと、被告会社は、原告山内の退職よりも前の平成四年一〇月二八日の株主総会で商号を「株式会社全国観光公社」から「株式会社タビックスジャパン」に変更する旨の決議をし、平成五年一月一日、新商号に変更したので、当時、顧客に対して被告会社が旧商号の会社と同一であることを広く認識してもらう必要があったこと、ところが、原告山内は、東京観光に就職後、東京観光の散らし等において、「りんどうツアーは健在です」、「永い間ご愛顧いただきました「全国観光公社山鹿支店」はなくなりましたが、…」、などの表現を用いるとともに、被告会社を退職して東京観光に転職した従業員らの顔写真を並べて掲載し、また、右ブランド名を大きく取り上げて掲載したこと、被告会社は、そのような誤解を招くような記載は被告会社の信用にかかわるとして、同年二月二三日ころ、東京観光に対し、抗議の書面を送付したこと、被告内藤らは、右のような原告山内の一連の行動から、原告山内に対する退職慰労金の支給は相当でないと判断し、取締役会として原告山内に対する退職慰労金支給に関しては決議をせず、したがって、それに関する議案を株主総会に上程することもしなかったこと、以上の事実が認められる。

2  ところで、株式会社の取締役には退任取締役に対する退職慰労金支給の議案を株主総会に上程すべき義務がないと解すれば、被告内藤らに任務懈怠行為はないから商法二六六条の三第一項の責任はないし、原告山内主張のように、仮に株式会社の取締役がそのような義務を負う場合があると解するとしても、被告会社の取締役会が右議案を株主総会に上程した場合に、退職慰労金の支給の有無、額等の決定について裁量権を有する株主総会が、前記1のような事情のもとで右議案を可決するかどうかは明らかでなく、結局、原告山内に損害が発生したと認めることは無理というほかはない。

したがって、原告山内の被告内藤らに対する商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償請求も、排斥を免れないというべきである。

六  争点2(一)について

1  原告石村関係

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によると、原告石村は、平成五年二月に東京観光に就職し、現在、東京観光山鹿支店長の地位にあること、原告石村は、被告会社の山鹿支店に勤務していたが、原告山内と懇意であったことから、原告山内が被告会社取締役を退任したのをきっかけに自らも退職したこと、原告石村は、被告会社を退職する直前の平成四年一二月二八日、被告会社名の記載された被告会社の用紙を使用して、ファクシミリにより、被告会社の取引先であるみやげ物店「岩戸屋」ほか七、八軒に対し、以下のとおり記載された書面を送付したこと、すなわち、右書面には、「平成四年も残すところあと僅かとなりましたが皆様方には何かと慌ただしい毎日をお過ごしの事と存じます。今年も一年、本当にお世話様になり有難うございました。その上、先日は又、多大なるお心遣いをいただき、誠に恐縮致す次第でございます。重ねて厚く御礼申し上げます。ご存知かと思いますが、当支店に在籍して居りました山内常務が一一月三〇日を以って都合により退社致しまして、私達スタッフのほとんども追従の形を取る事になり、平成五年一月一日から新会社(旅行業)として新たなスタートを切る事になりました。永年、勤務して参りました(株)全国観光公社を去るに当たっては非常に残念な気持ちもございますが、山内常務の心痛を察知すれば、とても会社に残る気にもなれず一緒に移行する事に決めさせていただきました。今後共、皆様方の暖かいご指導を仰ぎながら大きく成長して参りたいと思います。何卒よろしくお願い申し上げます。スタッフの皆様方のご健康とご発展をお祈りしつつ、御礼の言葉に変えさせていただきます。本当に有難うございました。平成四年一二月吉日」との記載があること、そして、右書面の冒頭には名宛人の表示、末尾には原告石村の自宅の住所、電話番号の記載と「(株)全国観光公社山鹿支店 支店長石村健二」の表示及び同支店の電話番号の記載があること、原告石村は、右書面を送付するについては、被告会社の決裁を受けていないこと、以上の事実が認められる。

(二) 右事実によると、原告石村は、被告会社に在職中、被告会社の用紙で作成した右書面を被告会社に無断で顧客に送付したものであり、右書面には、従業員が在職中に取引先に出す退職の挨拶状としては、退職の経緯、退職後の業務などに関する記述の点で不適切な表現がみられる。しかし、原告石村の右行為が別紙記載の就業規則一〇六条九号、二八号(一〇七条四号)などの懲戒解雇事由に該当するとはいえないし、右のような事情があるからといって、退職金請求が権利の濫用に当たるとすることはできない。そして、被告会社主張のように原告石村が他の原告らの行為について共謀したとの事実を認めるに足りる証拠もない。

そうすると、原告石村は、被告会社に対して退職金請求権を有するというべきである。

2  原告青木関係

(一) 証拠(〈人証略〉)及び弁論の全趣旨によると、原告青木は、平成五年二月二〇日ころ、東京観光に就職し、現在東京観光鹿児島支店長の地位にあること、原告青木は、被告会社の南九州支店長であったが、原告山内と懇意であったことから、原告山内が被告会社取締役を退任したのをきっかけに自らも退職したこと、原告青木は、被告会社南九州支店の顧客に対して東京観光としてダイレクトメールを送付したこと、被告会社南九州支店の従業員一六名全員が退職して東京観光に就職したこと、以上の事実が認められる。

(二) ところで、被告会社は、原告青木の退職金請求についても権利の濫用であると主張している。しかし、原告青木が被告会社南九州支店の従業員を引き抜いたこと、すなわち、右従業員に対して勤務先を被告会社から東京観光に替わるよう積極的に働きかけたとの事実や被告会社南九州支店の顧客名簿を持ち出して利用したとの事実、被告会社主張のように原告青木が他の原告らの行為について共謀したとの事実を認めるに足りる証拠は存しない。

したがって、原告青木には別紙記載の就業規則一〇六条六号などの懲戒解雇事由や権利濫用に該当するような事実はなく、原告青木は、被告会社に対して退職金請求権を有するというべきである。

七  争点2(二)について

1  原告石村関係

原告石村の退職時の基本給は月額二三万三〇〇〇円であり、その勤続年数は一七年一〇か月であるから、その退職金の額は、次の計算式により三七八万一一九五円となる。

(計算式)

基本給233,000円×勤続年数(17+10÷12)×支給率1.3×自己都合0.7=3,781,195円(賃金規定第11条適用)

なお、被告会社は、勤続年数につき一か月未満は切捨ての扱いであると主張しているが、そのことを認めるに足りる証拠はない。

2  原告青木関係

原告青木の退職時の基本給は月額二二万〇八〇〇円であり、その勤続年数は五年九か月であるから、その退職金の額は、次の計算式により四八万八七九六円となる。

(計算式)

基本給220,800円×勤続年数(5+9÷12)×支給率1.1×自己都合0.35=488,796円

八  まとめ

以上の次第で、原告石村の請求は、退職金三七八万一一九五円及びこれに対する弁済期経過後である平成五年二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。原告青木の請求は、退職金四八万八七九六円及びこれに対する弁済期経過後である平成五年二月一六日から支払済みまで右同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。そして、原告山内の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 小佐田潔)

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